2011年4月29日金曜日

思へば遠くへ来たもんだ

  
 中学校から英語を始めて、受験英語に嫌気がさして、手を伸ばしたのは武士道と茶の本。もちろん原書。そしてシェークスピアにどっぷりハマった20代のはじめ、あぁ、思えば遠くへ来たもんだ。
 
 シェークスピアだけではない。アメリカ独立宣言を暗記したり、武士道を暗記したり、聖書の一節を暗唱したり、その他もろもろの英語の名分を暗記した。

 というのも動機は至って不純であった。コンプレックス。誰も俺を見てくれない。大学には落ちる。女にはもてない。日本の女は目が悪い。もののわかる女は才能に惚れると言うのに。日本の女はビッチばっかりだ。やっぱ。欧米人の金髪のちゃん姉にはかなわないでしょ!日本人にもててもいみないし。そういった酸っぱいブドウ理論に凝り固まっていたあの懐かしき苦き日々が今もつい昔のように思われる。まぁ、い。それも我が人生だ。とにかく欧米人にもてたかった!あの完璧な朝日に薫る黄金の産毛をぜひぜひみたかった。渡辺一夫がいっていた完全な美の基準がこの世にはあるという話。

 欧米において引用は教養の印。どれだけ引用ができるかが勝負の決め手。外交も視野に入れておく。俺が新渡戸や天心や漱石、鴎外にならずして誰がなると言うのだ?

 そんなこんなで続けてきた英語。一日海外ドラマを12時間見続けた毎日。コーヒーを飲みまくりながら見たあの名画の数々。英語を学ぶと共に人生も学ばせてもらった。映画から人生は学べる。人生は映画を模倣する。一ノ瀬健太談。


 そして俺も遂にここまで来た。思えば遠くへ来たものだ。 


 今では英語を下手に読む。思えば遠くへ来たもんだ。帰国子女が空気を読んで下手に英語を読むという話を聞いたことがあったが、そんなバカなことがあるか!と思っていたら、

 なんと実際に英会話のクラスでわざと下手に英語を話している自分に気付いてびっくり仰天!した!

 ついに俺もここまで来たか。

 英語続けていてよかった。ほっ(*^_^*)。

 


 それと、俺って、めっちゃ勉強すると頭が痛くなったり、風邪を引いたりするというのが、俺の成長のバロメーター。あぁ、頭痛い。左後頭部。また左脳の能力アップなう!
 

 語学は暗記だよ。これは真理。暗記暗記暗記。
 
 すてい・はんぐりぃ!すてい・ふぅりっしゅ!

2011年4月27日水曜日

暗室

 写真実習でカラープリントをした。

 暗室に入ると、そこは目を閉じても、閉じなくても変わらない闇の世界。一切が闇。文字通り目を開けようが開けまいが関係のない世界。

 少しづつ少しづつ、目が慣れても何も変わらない。白黒のプリントの部屋は“明るい”。それはカラープリントの世界を知る前は、その世界はかなり暗闇だったのに。カラーの世界は白黒よりも暗い闇の世界。

 すこし時が経つと、目は見えなくとも、脳が勝手に補正して手が見えてくる。これはもちろん、自分の想像力がもたらした幻影。だがそれがなかなか頼もしい。視覚障碍者の世界の一端に触れた気がしたが、実際の全盲の視覚障碍の人に聞いてみたところ、実際に目に見えるものはいつも薄茶色のクリームの世界が見えると言っていたのを思い出した。


 印画紙という特殊な紙、ほんと蛍光塗料の明るさでもダメになってしまう紙をつかってプリントをする。

 まてよ、写真の現像とプリントに就いてここで簡単に触れておく。写真の現像とはとり終えたフィルムをシートみたいな状態な感じにする作業のことをいう。プリントとは実際に俺たちが手に取って見る状態のことを指す。

 印画紙も何も見えない暗闇の中でやりとりするから手と手が触れ合う。相手の手が冷たかったり、温かったりしてひやっとする。

 本当に真っ暗だからちんちんを出してもわからない。事実に今日はちんちんを3回も出したが誰も気づいていなかった。


 暗闇は人を大胆にする。


 光が見えることのありがたみを肌でリアルに痛感した日だった。


 11530円 ICレコーダー、豚骨ラーメン グレープフルーツジュース ホットケーキ
 

2011年4月25日月曜日

いたいやつら

 始まりは常にイタイ奴等から始まる。

 歌を詠んだ明治の人たちは短歌や俳句の会をつくった。

 今考えれば事実にいたい奴等の集まりだ。

  
 だが、今日、藝大の絵画棟5階に集まった奴等もまた本当にいたやつらだと思う。

 俺も含めてだが。

 最近、ガチで自分のやっていることを語ることがかっこ悪いという風潮がある。人いかに生きるべきか?藝術とはなにか?真理とは何か?などについて本気で議論している奴等を俺は周りで見たことがない。そう思っていたのは自分の世界が狭かったからで、実はガチで議論している奴らはごく少数だが生息している。今日はその集まり。

 俺を含め6人だけのラウンドテーブル、うち二人は顔みしりを連れて行ったわけで、時間通りに行ったら、俺を含めて4人しかおらず、早くも痛い雰囲気が漂い始めていた。

 とりあえず席に就き、世間話をするまでもなく、なぜこの会を開いたのかの説明を聞き、一気に本丸に突入した。

 途中から来た人が二人いて、感じてること思ってることを存分に語り合った。地震についてのこと、寛容論、炭鉱のカナリア、藝術の為の藝術はもはや、存在しえない。認識の木の身を食べたのなら。今現在の絵画の最高峰は放射性物質を用いた顔料で児童ポルノを描くということだと話した。油画がさいきんふつうになっていて、もっとばかであるべきだとも語った。

 つなみでみんなしんじゃった。びわこでふたりしんじゃった。など表現のエッジについて語り合った。

 むやみに優しい社会が今の社会の姿であるということを認識しあった。慮り過ぎて表現ができない。人を傷つけることを極度に恐れる社会。トゥナイトやめちゃイケのしりとり侍が強制終了になる社会。

 やっぱり表現は人を傷つける方が面白い。
 

 守破離、歴史は学ぶべき?学ばないべき?模倣の果てには真の理解がある。美は経験。毎日美に触れ続けることが大事。油画がつまんないは大間違いであった。しっかりと面白い奴がいる。


 今の美の、藝術の基準は誰が決める?とりあえずはニューヨークの金持ちギャラリストが目下の権威である。金が今の権威である。金が権威はいつの世も同じであるなぁ。


 などなど、今の最高の藝術は井上雄彦である。かれはドカベンから学んだ。学んでない人間はいないのかも、チンパンジーの画、象の画、藝術の軸について熱く語り合った。


 実に面白かった。今日来たやつらが明日の藝術界を担っていくのだなと思った。


 あそこにいた者たちが、俺たちが、俺が世界を背負っていくのだ。


 外野は黙ってな!耳ある者は聴け!でなくば去れ!


 これから定期的に開いていくらしいので、新婚さ~ん、いらっしゃ~い!


 今日の歳費;3342円 うち本代2035円也  新歓1000円 ちゃ、ぽかり

2011年4月24日日曜日

人をうらやましがることについて

 人をうらやましがることがあるか?


 うん。めっちゃ、ある。あるというか、もう、毎日うらやましがってばかり。

 もっとかっこよく生まれてたら、ジョニー・デップになってたら、もっとお金持ちの家に生まれてたら、ビルゲイツがお父さんだったら、もっと才能があったら、レオナルドのような才能があったら…。

 人をうらやましがるのはある意味で本能だ。共感する力と同義なものなのかもしれない。その人が感じているものを、その人を見ることによって、自分も体験する。例えばこんな感じ。きれいなおねぇさんを連れて、うまいものを食べてる野郎なんかみると、もうほんと腹の中で紅蓮の妬みのマグマが煮え立つよ。そしてこう思う。なぜ俺じゃないんだ?

 妬み、嫉み。僻みがこの世を構成する、と我が師匠美輪明宏がおっしゃっていたが、まさしくその通りだ。とくにビジネスや、恋愛などの場において、リアルな利害が絡む場においては、その“真理”がよく顔を出す。いやぁ、実に人間って“穢い”ものなんだよねぇ。

 だがそれは、裏をかえせば“生きるエネルギー”の裏返し。おいしいものを食べた時の無常の喜び。好きな人と一緒にいる時の胸の高鳴りと感動、しあわせ~。。。ぽわわわ~ん。。。などなど。それ自体としてはどれも素晴らしいものもの。ただそれが奪い合いになった時に、足るを知るの均衡が破れた時に、それが穢いものになる。

 嫉妬をするのはよくない。と一般的に言われているが、俺はおおいにしてもいいと思う。

 ただ、うらやましがることにもルールがある。 

 うらやましがるのは、それだけではネガティブなものにも思われがちかもしれないが、裏を返せばそれは、それだけ向上心が強いことの裏返しともとれる。美意識が高いのかもしれない。自分のあるべきかたちを求めてる結果がそういった形で心の中に表れるわけだ。こんなのはわたしじゃない。あぁ、あの人がうらやましい。どうせ私なんて…といった負のスパイラルになる羨望は決して建設的でない。これは悪いうらやましがりのパターン。

 うらやましがるということと、憧れるということは紙一重である。人によっては同じ意味でこれらの言葉を使っているかもしれないが、俺自身としてはやっぱり、憧れるという言葉には羨ましがるという言葉よりもポジティブな印象が入る。人をうらやましがるのではなく、憧れればいのだ。いうなれば憧れることはいいうらやましがりのパターンなのだ。

 おおいにうらやましがるべきだ。

 ただ大事なのはその後で、なんの努力もしていないのに、大きな成果を求めるのはやっぱり違う。羨ましいなと思わせる人間はその裏で、血の滲むような努力をしているケースがほとんどである。よくよく聞いてみれば、幼いころに両親をなくしていたり、例を挙げるなら、トランペット奏者では一日何時間も練習して、口から血が出ても吹き続けたりしたり、売れっ子マンガ家は、もうほんとうにボロボロになるまでも筆をとり続けたりしている。楽して成功パターンなどこの世にはない。この世には正負の法則なるものがある。これも美輪さんの受け売りの法則であるが、簡単にいえば、ノーリスク・ノーリターン。ハイリスク・ハイリターンということ。

 話が広がり過ぎる~~~。うわ~~~ん(+o+)

話を戻す。つまり、簡単にまとめると、人をうらやましがることは、その人の努力などの後ろにある目に見えないもの、その人が背負ってるものにも、目を向けて、その人の努力までも背負ってやろうとする覚悟を持った者だけが、その人を羨ましがられるということである。

 そして、そういったうらやましがりができたときには、あら不思議、それは憧れるということになっている。

 何の脈絡もなく、ただその人を妬むうらやましがりは、想像力がないねぇ。その人を貶めることは自分も貶めることになる。その人の努力を含めた、目に見えないところまでを想像したうらやましがりは実に素晴らしい、憧れといったものになる。

 まとめ;自分に甘えた妬み、嫉み、僻みがうらやましがることであり、自分に厳しく、自分を磨き続けることを誓った妬み、嫉み、僻みを憧れること、というのである。


 憧れることへのワンポイントアドバイス;自分の宿命は受け入れること。自分の来歴に敬意を持つこと。宿命とは、変えられないこと、もの。親だったり、性別だったり、国や、環境だったり。運命は変えられる。自分の宿命を受け入れて、そこから、さぁ、どうするか、ということが運命である。



 だから俺は、毎日色んな人をうらやましがってる。その人の目に見えないところを想像しながら。

 自分が五体満足であることに、日本に生まれたことに、この顔に生まれた事に、男に生まれたことに、今まで健康で生きられていることに、この才能に、色んな様々なことに感謝しながら。

 

計564円也 (納豆、ねぎ、たこやき、肉団子、)


 

2011年4月23日土曜日

if

  もし私が勇気ある藝術科だったなら、津波の被災地に現地入りして、津波で死んだ人の顔のどアップ写真を2000人以上撮って、それを以て各地を回って、津波のように迫力ある展示をしたのに。
 
 もし私が勇気ある藝術家だったなら、20㌔圏の検問を突破して、カーチェイスして、そんでもってヘリとかにも空から追われたら、ふんどし一丁で“どうして自分の故郷に帰ることが罪になるんだろう?”という大きな垂れ幕をもって社会や世間に訴えるのに。


 はぁ、勇気ねえなぁ、俺。

 
 ツイッターでつぶやく前に、ここに書いてからつぶやくようにしよう。そうすれば自分のつぶやいた内容が見やすくなる。

 自分の表現をとりあえず目に見える形にする!約束だ!自分!一日10ページの打ち込み作業。早起きしてやるぞ!それしかない!今の俺にできることは。
 

 そうか気付いたぞ!被災地にできることなんとかって、結局自分が善く生きることに尽きるじゃないか。朝早起きしたいのにできない人は、早起きをすることが被災地の人のためになる。いってる意味わかんないかな?わからなければ説明するけれども、説明するのも野暮なもんだ。とりあえず自分で考えてくれ。自分の表現が、それが救いになるのであるならば、いちはやく完成させろってことだよ!きみが怠ければ怠けるだけ、救いが遠のくのだから。

 そうだ!よっしゃ!自分の表現をまずは完成だ!


 ICレコーダー買うべし!なう!

2011年4月21日木曜日

届く言葉

 昨日の油画創作の授業で行った“教授批判”パフォーマンスをやって、はぁ、またやってしまった。

 と落ち込んでいたら、油画の友人から、スカッとしたよ。と言われて、めっちゃうれしかった。最近の藝大生は、俺も含めてだが、なんか攻めてない感がある。いつから藝大生はリアギャルドになったんだろうか。俺が周りを知らないだけってのもあるかもしれないがもっと教授と闘ってもいいと思う。いや、闘うべきだろ。互いのエステティクスの本気のぶつかり合いがあるべきだ。ぶつかりあったまま調和する、まさしく太郎の言うところの対極主義である。ぶつけあう方が当然のはずだ。まさしく藝術の、表現のエッジを追求する大学なんだから。自分の美学を闘わせない学生は藝大で学ぶ資格はないねぇ。えぇ、そうだろ?派手に喧嘩しようじゃないか。教授と、同志と、そして自分自身と。

 自分のしたことは一部の油画の人だけにとっての、すっきりだと思ってはいたが、今日、まったくちがった方面の油画の人、あんまりしゃべったことはないが、面識はあった人からも、よかった、すっきりした。と言われた。油画のみんなに嫌われたかなと思っていたから、うれしかった。ひとりでもわかってくれる人がいれば、それで十分なんじゃないか、それだけで、やる甲斐は十分あるということを強く認識できた。

 
 まとめ;岡本太郎的な“なんだこれは!?”と思わせるような、藝術とは到底言えないような藝術作品を造ることを目標にしない人がいる。そしてそれはいてもいい。いや、むしろいなきゃいけないのかもしれない。多様性を護るためにも。そういったものを造れ!と、それは強制されるべきものではない。そうだ。公共の福祉に反しない限りにおいてそれは憲法で保障される。個人の幸福追求権は絶対的に守られるべきものだ。

 そして、そこからさらに議論を一歩進めてみよう。

 “何だこれは!?”を表現することを目標にしていない人も造り続ける。なぜか?

 それは、尽きつめれば、なぜ人は造り続けるのだろうか?という命題に突き当たる。人類有史以来解決されない難問。それはなぜ表現するのか、のにも繋がる命題。もうレオナルドがあるのに、ミケランジェロがあるのに、どうして造るのか。そして、また、どうして新しいものを造り続けようとするのだろうか?

 それは、きっと、新しいものが見て見たいからだ。というのが一つの答えであろう。

 昨日、坂口先生ご自身がそうおっしゃっていたように。

 つまり先生自身も新しいものが見たいとはっきり言っていたのだ。俺に“藝”がなかったのも悪かった。あの短時間で自分の考えていることを正確に伝える藝を俺は持っていなかった。それは認めざるを得ない。だから坂口先生と俺の間で、言葉の定義が若干ずれていた。“なんだこれは!?”を先生は新しさ、ではなく、強烈な違和感をもたらすもの、かもしくは、それに準ずる感動と解釈されたに違いない。だからこそ、先生は僕は“なんだこれは!?”を目指してはいないとおっしゃったのだろう。実際には先生自身も新しさは目指している。そうおっしゃっていた。

 話を元に戻す。藝術作品は造ってみた時に、初めて藝術の女神が微笑む。それは造ってみなければわからない。微笑むと思って造ってみたら、怒り顔だったり、怒り顔だと思って造ってみたら微笑んでいたりと、いろんな顔を見せてくれる。そこが面白いから造るのであろう。造ってみなければわからないから、造り続けるのであろう。人間に好奇心がある限り、新しいもの見たさから逃れることはできない。表現するということは、伝えたい気持ち、コミュニケーションしたい気持ちの高ぶりから始まる。自分の感じた“なんだこれは!?”を誰かに伝えたい。他人にも、自分自身にも。全宇宙への咆哮は誰にも止められない。それが表現するということだ。理由などなくても、ただ描きたい。呟きたい。彫りたい。そんな時が突然ガっと!くる時がある。みんなあることだろうが。

 ここで一度メタレベルにものを考えて見る。

 切り口は藝大について。藝大の存在意義はなんであろうか?それは今まで造られたもの、既存の藝術的なものの焼きまわしを造るための機関なのであろうか?確かに保存科学、文化財保護等、人類の遺産を後世に語り継ぐ偉大な仕事をになっている側面もある。とりわけ、それが藝術学科の主な仕事であろう。セクショナリズムには反対だが、今はわかりやすいように敢えて科分けして論じる。藝大には他の側面もある。油画や日本画、彫刻、デザイン、建築そして先端の存在意義はなんであろうか?失われゆく古典を語り継ぐことであろうか?いや、そうは思えない。それも大事なことではあるが、それ以上に、それはやっぱりどう考えても、伝統を学び、その先にある創造の精神に重きが置かれるはずだ。天心はそこを目指した。世界の大人物と対等に渡り合える藝術の日本代表を生み出すことこそが本学の存在意義である。世界で渡りあう藝術家とはつまり、やっぱりぶっ飛んだ新しいものを造る藝術家のことであろう。もちろん人格者である必要も出てくる。全人間的に素晴らしい人間、そこを目指して行こうぜ!諸君!一緒に!という感じであろう!

 であるから、やっぱり、新しいものを目指さなければならないのだ。新しいものとは“なんだこれは!?”と遍く多くの人々に痛烈に、強烈に嫌ったらしくて不快な真実を突き付けるような、従来のパラダイムを一変させるような、そんな価値観の倒錯を誘発させるような藝術作品のことだ。それを造らねばならないのだ。本学に籍を置く者は。新しいもの、つまりは“何だこれは!?”を追求することこそが本学の義務なのである。
 
 付け足しておくが、そんな“古い”ものからも時に新しいものが生まれたりもするから、何とも言えないのが藝術のこわさだ。藝術の懐はあまりにも深い。深すぎる。ディープブルー。先が読めない。博打と何も変わらない。だからこそ“何だこれは!?”が生まれるのかもしれない。ただこちら側から新たなものが生まれる可能性は極めて低い。

 そして“何だこれは!?”が生まれる為には“何だこれは!?”じゃないものがなければならないのはいうまでもない。そしてそれを、その“古い”ものの役目を担うのが旧世代の、歴史を造ってきた者たち、いうなれば教授たちなのだ。彼らの屍を俺たちが超えていかねばならない。彼らを殺すことこそが俺たちの役目だ。

 教授は壁になれ。壁が高ければ高いほど、より“新しいもの”が生まれいずる。

 坂口先生の作品について;車に苔が生えているのなんかは面白いと思った。ランドスケープアートはちょっとだけなんだこれは!?とも思った。映像作品は問題外でまったくもって面白くなかった。全体として面白くなかったのは先生の講義の藝がなかったからかもしれない。その点は先生に責任があろう。面白くないという言葉が悪ければ伝わってこない、か、アートワールドと何のかかわりもない田舎のおばあちゃんにも届くアートではなかったのは間違いないってことは確か。そして自分にとっても。お互いに怠惰に理解されることを望むよりも、理解することを望みあった方が創造的なんだな。うん、そうだ。

 もっとも彼らを殺し、乗り越えていくのが俺たちの仕事なので、敢えて否定しなければならないという時もある。敢えてではあるが。もし本当になんだこれは!?と思った時には正直にすごいと言う。たとえ悔しくて、言わなくても、すごいと思ってる時にはたぶん、俺は黙ってると思う。だって自分に嘘は付けないし、口に出せば嘘になるから。




 とりあえず、油画のみんな!守破離やっとけ!レオナルド描けるかい?ブーグロー描けるかい?レオナルドの模写が完璧にできる人間だけが次のレオナルドになれるんだぜ!レオナルドのミクロ描写法を学べ!自分の血肉にしろ!そしてその技法を使って、なんか、なんでもいい、もうめっちゃ変な構図で人物画描いてみろ。レオナルドでなくてもいい。自分の感性にぐっ!とくるものから学べ!自然から学べ!

 創造とは模倣だよ。模倣の果てにはいつだって真の理解が待っている。そして模倣は掛け算。レオナルド×ピカソができたら、もう誰もが認めざるを得ないだろ。誰もが“なんだこれは!?”って思わざるを得ないよ。うん。

 まとめのまとめ;わかりやすく言うならば、“なんだこれは!?”とは“新しいものがもたらす感動”のことである。



 そして、結局、努力!努力!努力!だね。

  

 本日の歳費;6450円 教科書でかかったな。

2011年4月20日水曜日

早起きをしよう

 やっぱり早起きをしよう。

 明日から。ダイエットと同じで試されるのは意志だ。

 もう誰かの藝術をうんぬんする前に自分の藝術を目に見える形にしよう。誰かと話をするときに自分のポートフォリオがないのはなんだか申し訳ない。他人のふんどしで相撲をとっているわけではないがそれに近い感じもしないが、なんだかこう釈然としない。俺はレオナルドだから、ウオーモ・ウニベルサーレ、つまり万能人だからこうズバッとした作品がなかった。レオナルドには絵があった。ミケランジェロに彫刻があった。自分を如実に表現できる媒体を持つことは戦略的に、この場合、売れるためだとか、より相手と深く議論する為だとかいう場合にはけっこう重要なことである。


 今日の出来事、油画の絵画創作の授業に出た。ぜんぜんつまらなかった。これは本当のこと。油画の授業だから、きっとぶっ飛んだ授業に違いないと勝手に勘違いしていた俺がバカだった。大いなる時間の無駄とまでは言わないまでも、他の授業よりも比べて極めてつまらない授業だった。ずーっと暗い中で教授の作品のスライドを見るというものだった。やっぱり授業というものは議論ができることこそ意味があると思う。質問、議論できない授業はやっぱりどう考えてもゴミだ。そしてそんなサンデルのような授業が曲がりなりにもできない者は教壇から降りるべきであろう。あ、そうか、つまらない教授、彼らの存在意義は無視される為にあるのだ。そうか、そうだったのだ。優秀な学生は授業をさぼる。それは歴史が証明済み。間違っているのは私の方だった。彼らに素晴らしい授業を期待する方が間違いなのだ。それは明治時代から全く変わらないのだから。そしてそれは藝大でも一緒。変わらない。ディスカッションの時間を30~40分とるといっていたのに実質4,5分しかとられていないのはやっぱりダメだろう。あんたのクソつまらない作品を見るために俺の貴重な時間を割いた訳ではない。その多くの受講者の中にいる本物の画描き、自分と戯れるのではなく、自分と闘っている学生と議論する為に行ったのだ。それをよう、それをだよ、まったく。ぜんぜん攻めてねぇよ。パリかどっかの街角をず~っと映す作品も、やっぱもう“古い”よ。時代遅れだよ。だってそれはジョン・ケージの焼き直しにしか見えないもん。岡本太郎いはくの藝術じゃあないね。

 最後の質問時間に最近油画がつまらないのは先生の授業がぜんぜん面白くないからだ。といって、先生とちょっと喧嘩した。つまらないというのは俺の感性が悪いみたいなことをいわれた。確かに軽率な発言だったかもしれない。それにつまらないとただいうのは簡単で幼稚であるし、先生自身は岡本太郎のような“何だこれは!?”的なものを目指してはいないといっていた。だが新しいものは見て見たいとも思ってるとも言っていた。

 講義が終わった後、先生との喧嘩を見ていた友人にそのことを聞いたところ、俺の発言は創造的でないと言われた。そしてそういったその子にじゃ、先生の作品は面白かった?と聞いたら、そうでもないといい、ただそういうものがあってもいい。といっていた。確かにあってもいい。ただその考え自体もすでに当たり前の“常識”になっている。みんなちがって、みんないい。そんなの当たり前だろ。ここは藝大なんだから、自分の感じたことを感じたままに表現する場なんじゃないのか?その子も面白くはなかったということには同意しているわけであった。ただその子はとても“優しい”子だから人を批判することが苦手でオブラートに包んで、彼を擁護しつつも、やぱりつまらなかったということが言外に推察された。

 先生の作品をつまらないというのは創造的でなかったか。たしかに創造的でなかったかもしれない。抽象的な言葉で、具体性がない。確かにそれを言ったらそこで議論が終わってしまうかもしれない。ただ、理由だってしっかりとある。それは今日の坂口先生の作品がどこかで見たことがある感が漂っていたということである。わからない。先生がオリジナルでそれを模倣した人の作品を俺が見たのかもしれないから真相はわからないが、私のつまらないとする理由はロウいはくの制度理論とダントのアートワールドとそして、藝術というものの家族的類似から説明ができる。つまり、先生の藝術が既にある程度の藝術的なものであり、かつそれがすでにアートワールドから認定されているような藝術を髣髴とさせたからである。先生自身がアートワールドの住人、しかも相当な市民権ステータスを持っている住人であることもある。模倣と創造性は紙一重なのは重々承知之合点承知の助!やっぱり二番煎じは藝術の世界では面白くはない。つまり、つまらないのだ。先生には嘘は付けても、自分には嘘を付けない。

 そうして火照る頭を帰りの電車の中で覚ましつつより深くさっきのことを考えた。そう考えると、もう、藝術の残された余白は犯罪しかなくなってしまう。こんなの藝術じゃねぇ!と人に言われるようなものは行きつけばそこにならざるを得ない。痴漢という名のパフォーマンス、強姦という名のパフォーマンス、殺人という名のパフォーマンス、オウム真理教、911、原爆、アウシュビッツと云う名のパフォーマンス等々…に行き着いてしまうが、そんなのはそもそも藝術ではない。仮に何かを伝える、その手段が藝術であったと定義したとしても、そのようなものを藝術という言葉で定義したくはない。藝術はそれ自体の言葉がポジティブな意味を持っているから、それはあたかも正義や人権、と云ったもののように中立な言葉ではありえない。原発だってニュートラルではない。コトバとか、布とかいったものは中立的である。だから、そう考えた時にもう藝術でやり尽くされた感は確かにあるなってのは思う。藝術の新たな分野はいったいどこにあるのだろうか?藝術のエッジは今いったい?今のところ、児童エロまんがだと思う。実写はアウトだろうな。やっぱり。人が不幸になるものはやっぱり違う。うん。

 またもどって、自分の発言が創造的な発言ではなかったかと考えて見る。確かにもし俺たちが二人で議論していたなら、そうであったかもしれないが、すくなくとも、今言ったことを説明する時間があれば、まずその時点で創造的であるから、友人の発言は仮像となる。そして、あの場にいた油画の学生へのなんでもいっていいんだよ。教授と喧嘩しようぜ!といった意味でのメッセージともなっているから、俺の発言はやはり、創造的であったように思う。

 聞く耳ある者は聴け!でなくば去れ!という訳である。



 今日も発見。一日1000円運動は無理して一日1000円使わなくてもいいんだ、ということを学んだ。

 また、一日食費1500円使える人がいたら、それはもう“勝ち組”を名乗っていいと思う。まじで。まじでうらやましい。

 本日の歳費;822円也  内訳;かれーまるしぇ、もずく、ねこふーど、おちゃ、ちーずどっぐ、さんまのかんづめ。

 

2011年4月19日火曜日

風邪は引かぬがよきにはからえ

 風邪は引かない方がいい。引いたって何の得もない。計画していたこともやる気がなくなって何にもできないし、人にも迷惑をかけることになる。それよりなにより辛い。やっぱ辛い。生きてることそのものがつらいことだけど、風邪はやっぱりつらいものだ。

 健康は失ってそのありがたさに気付く。それは身近なもののありがたさに通じる。当たり前のもがある幸せ。家族の健康、蛇口から水、電気、電車の運行、などなど。当たり前の当たり前な毎日のルーチンワークが世界を繋いでいる。コぺル君曰くの人間分子網目の法則、マルクスいはくの生産関係に感謝。自分はエリートとしてこの生産関係に参与していきたい。

 いやぁ、今日は2カ月ぶりにおなかいっぱいになったな。おなかいっぱい食べられる幸せ。まじで感謝だ。すた丼、肉飯増し、820円也。ファンの子と一緒に食べた。ファンの子とは最近一緒によくたべるなぁ。昨日はファンの子と寿司を食べた。最近食費が1000円近い。一日500円はやっぱ、よくないね。毎日同じものばかり食べることになってしまう。毎日パスタはやっぱり飽きる。しかも毎日同じ具。三種類かそこらのローテーションで回すからすぐにやっぱり飽きがくる。塩コショウしても、酢を入れたりしても焼け石に水、マヨネーズを入れてもダメなものはダメだ。飽きには勝てない。去年は一日千円でやっていたが、最近になって500円にしていたが、これも限界に来た。やっぱり“食”は大いなる人間の喜びの一つだ。津波で明日死んでしまうかもしれない。今、日本は経済を回すべきだ。消費は美徳だ。と自分を正当化しつつ、毎日うまいものに舌鼓を打つ。一日食費1000円使える人間はもう、ほんと、まじで幸せだよ。ほんと。生まれてきてよかったと心から思わなきゃそれは罪だね。


 早稲田、高田馬場はその校歌の示す通り“都の性欲”と化していた。まったく最近の若者ときたら、合コンしか頭にないのかよ。まったく。最近の若者ときたら、まったく、性欲の固まりだなぁ、まったく携帯を持ったサルだよ。

 えぇ、そうです。嫉妬です。うらやましいなぁ。うんうん。若いっていいねぇ。今が青春!楽しめ!今が君が春!若いっていいねぇ!いやぁ、じつにいい!傍若無人!傲慢っていいねぇ!


 ゴッホの手紙のように感じたこと、思ったことを書きとめておこう。


 本日の歳費;すた丼820、 ジャスミン茶103、諸経費300 計1223円也!

2011年4月16日土曜日

奇跡の発見

 奇跡の発見!!…をしたと思った。鳥獣人物戯画を上げ写しという技法で模写する授業中にたまたま書いていた象の場面が上げ写しによって描かれていたのではないか!?という発見をした。と云うのもその場面の汚れの部分が自分が模写する際に写し撮る紙のしみ出す墨の汚れの部分と一致していたからだ。ダッシュで研究室の扉をノックするも専門家たる教授はおらず、助手さんにそのことを報告した。はやく教授にあってそのことを報告したい、というか真偽を発見したいという気持ちでいっぱいだった。いやぁ、取材の嵐か、これだけで一生飯が食えるかもしれないと思っていた。助手さんをお呼びして、確認してもらった。いちおう、教授とお話しする前には自分で調べてから報告した方がいいと言われた。しかしそんな文献がどこにあるのかも知らないし、そんな時間すらももったいない、時は一刻を要するのだ!と思っていた。その日はほかの教授も見当たらず、おずおずと家に帰った。その日はそれ以上筆を入れることはできなかった。

 家でネットで鳥獣人物戯画を調べて見ると、あれ?!汚れがなかった。なぜだ?オリジナルの高額なレプリカをコピーしたのではないのか?どこを調べてもそんな染みや汚れはどこにも見当たらない。あれれ。

 
 う~ん、なんか不安になってきたぞ。

 翌日、自分の墨を引いた部分がその下写しの紙に沁みていることが自分の実験で確認された。がっくしくると同時に、大発見をしたと大興奮で研究室に向かった自分が何とも恥ずかしくなってきた。功を焦った人間には他のものの言葉は届かないのだと思った。自分の研究を横取りする為にそうやって時間稼ぎか何かをしているのではないかと勘繰ったりもした。結局そんなことはなかったわけだが、急いては事をし損ずるということを学んだ。あやうく大恥をかくところだった。ま、かいたってもよかったけどね。それが若さなんだから。とも思った。過ちてはすなわち、改めざるにはばかることなかれ。なわけだ。


 それともうひとつの大発見は、このブログで面白いことを書こうとすると更新が遠のくということだ。書いたからには面白くてはならないというのが心の奥底にあった。読んだ人が何らかの得るものがなければならないものにしようとしていた。結果、更新が滞る始末となる。だから発見した。毎日、何にもなくとも、ただ、単純に家計簿としてこのブログを使えばいいのだと思った。たんたんにその日使った金額を、金額だけをアップする日を造りたいと思った。根っからのエンターテイナーなボクチンにそれができるかが大きな分水嶺だが今日あたりか、次回にでも、すっと、家計簿だけで終わる日を作りたいなとも思う。やっぱり何かを書くというのは暇がないとできない作業であるなと思った。

 私は閑人である。天才は閑人でなければならないのである。平成の天下の逸民とは余がことである。


計1563円 ワイン、びーふめんちかつ、ねぎちゃーしゅー、らーゆたかなぱすたのぐ、ぱすた、あんどーなつ いずれもおかずは40パーセント引き。


 あぁ、腹いっぱいうまいもんが食べたいなぁ。

2011年4月13日水曜日

男はつらいよ

 寅さんを見た。男はつらいよ、純情篇。

 帰る場所があるとおもうから、おりゃいつまでたっても一人前になれねんだ。と寅さんが何度も言っていたが、帰る場所があるからこそ一人前になることもできる。それを教育学者のジョンボールはセキュアベース、安全基地理論とした。子どもが好奇心旺盛な性格になるには親が笑顔で送り出し、何かあったら帰ってきな。という態度が子どもの冒険心を育むらしい。たしかに理性で理解ができる。辻褄が合う。だからその理論をアプライすれば、寅さんはいつでも帰ってくる場所があるからこそ、いろんな所へ旅をすることができるのである。

 しかし、初めの空撮のシーンとかは見づらくて、なお、ヘリコプターの影は映ってるわで、なんか素人っぽいというか、適当という感じがした。まぁ、寅さんだから、いいのかとも思った。

 やっぱ、義理と人情の世界ってのもやっぱいいね。日本の悪しき風土病と、日本の最高に誇れることはやっぱ表裏一体だね。大阪が一番治安が悪いのに、かつそれで一番優しい街だということも、アメリカがキャプラの国であることと、戦争の国であることとも同じことなのかな。


 今回のシーンのベストは、はじめの方の子連れ女と寅さんが一緒の部屋に泊まるシーンと、最後の方のシーン、ある長崎の漁村のオヤジの後ろ姿が沁みた。寅さんに出てくる人は、決める時には、みんな痩せ我慢をする。リアルな現実と同じなんかなぁ。

 あぁ、寅さんって、ほんと痩せ我慢の人なんだな。


計735円 也 +薬代500

2011年4月11日月曜日

白洲正子展覧会

 はぁ、落ち着いたのでやっと書ける。

 日月山水図屏風の前に一時間くらいずっと佇んでいた。会期の初めに行ったからだいぶ空いていて、国宝を独り占めできたのは何とも心持がいいものだ。

 東日本大震災を経験した直後であったから、ニュートラルな状態で見ることは難しかったが、そこはまぁ、その時々の状態で美術品は顔を変えるから、まぁ、それはそれで楽しもうというスタンスで見た。大まかに言って、その風景は山の中まで入ってくる津波にしか見えない。

 作者は何を表現したかったのだろう?作家のアンチミテに迫るのが藝術学の腕の御見せ所なので、まぁ、腕、見せちゃおっかな。

 ひとえに、この作品は宗教画である。人生について述べたものである。アナクロニズム的分析で大いに結構である。古典はアナクロニズムで応えてよい。なぜならそれは永遠であり、かつ現在の音であるからだ。

 波は人生の荒波である。あらがうことのできぬ、覚悟を持って受け入れねばならないもの、時の流れの表象である。時間は戻すことができぬ。ただ流れるだけである。逝くものはかくの如きか昼夜を問わず。論語は当時の必読書。作家も読んでいたに違いない。

はたまた、これは波ではないのかもしれない。雲の上のてん淡の世界なのかもしれない。

 一つの世界に四季が同時図的に描かれている。右から春夏秋冬とかんたんには巡らない。時計のように円を描く様にしてまた春に戻る。夏の後に冬ではない。環を描いていると思うのが妥当であろう。

 また遠近の破たん。夏の新緑の手前の緑の山、緑しょうの深さが際立つ。手前に木はない。奥に行けばいくほど細かく書かかれる。山は神々の象徴、この作品には四つの神々の表情が表わされている。滝も然り。神々が宿るとされるものである。人間と神の変わり変わらぬ姿がそこに描かれている。年年歳歳花相似たり。歳歳年年人同じからず。松の常緑樹が永遠の螺旋階段を髣髴させる。

 祈りたくなるものを描き連ねてみたら、こんな作品ができた。太陽に、月に手を合わせる。そんなふうにして造られた作品なのではなかろうか。

 祈りとは小林秀雄の、無常ということの中に出てくる、なま女房が抱いていた感情である。祈りとは自己を見つめることである。自己を見つめた祈りだけが、神に届く。神の不在に耐えることができた者だけが祈るに値する。

 これは自己を知る鑑である。人生哲学に満ちた宗教画である。


 本日の歳費;計597円 やせ過ぎと逢う人逢う人に言われた為に、とりあえず現状は、一日700円で生きていくことにしました。

2011年4月9日土曜日

スタンド・アローン

ネット環境が復活した。だいたい10日間くらい、オフラインが続いた。学校や公共空間にあるネットを使ってはいたが、自分の部屋にネット環境がないのはやっぱり不便だ。

だが不便ではあるが得るのものもあった。このご時世、自分でオフライン化、スタンドアローン化するのは強固な意志がない限り難しい。一日に一回少なからず何らかの電子機器を使って連絡のやり取りを行っている。もしくはつぶやいている。このご時世にネットから離れることの何とも難しいことか。

だが俺はこの不便を経験してみて便に気付いた。

おもったこと、それは別にツイッターやフェースブックをしなくても基本的になんにも不自由しないことだ。やはり諸連絡などのメールは必須の感があるが、それすらも電話があれば事足りる訳である。いうなれば電話があればあとは何もいらない。

便利は不便。不便は便利。有用の無用。無用の有用。老子・荘子。車はめっちゃ便利だが、道が整備されていないと何も使えない。ほんのちょっと縁石に乗り上げただけで使えなくなる。結果、13000円を払ってレスキューを呼ぶことになることもある。あぁ、あんときはまじでもったいなかった。要らない出費だったなぁ。と経験から語る。ほんのちょっとの不注意、面倒がりが、事故につながる。はぁ、まぁ、人を轢かなかっただけ、もうけものだと自分に言い聞かせた。言い聞かせまくった。


大切なものは、結局、めっちゃ身近にあるんやよね。要らない情報が洪水の津波の中では有用な情報に見えてまうんだよね。自分で舞ってることに気付けないんだよね。てんてこ舞いになってるのは自分ではわからない。同時代のドグマに似ている。後から時が立ってみないと見得ないものなんだ。自分ではリテラシーあるぶってても、やっぱり一度スタンドアローンにならないと見得ないものがあるね。ほんと大切な、本当にいる情報って、必要な情報って、手の届く範囲にあるものなんだね。道は近きにあり、しかるにこれを遠きに求む。論語、だね。


自分の半径3メートルに真理あり。半径0メートルにすべてがある。心臓の中にすべてはある。


ネット環境復活、されど振り回されぬようにしよう。ここに訓告として、戒めとして記す。

藝大生代表式辞

藝大生代表式辞



諸君、入学おめでとう。

年年歳歳花相似たり。歳歳年年人同じからずという言葉の通り、未曽有の震災が来ても、春が来れば上野に桜は咲きます。毎年この時期に諸君のように目を燦々と輝かせた夢に、希望に満ちた溢れた新藝大生がここ上野に咲き乱れます。そして毎年のように30倍の過酷な倍率をくぐり抜けてきた、君たちでさえ、その多くが実はたった一人の天才を磨くための石に過ぎない。と発破をかけられます。ここにいる全員が周りを見渡し、あぁ、こいつらって俺を磨くための石なんだと、全員が毎年のように思います。強い自信、傲慢、実にいい!最高だ。若いっていいねぇ。そんな矜持に満ちた藝大生が藝大をつくってきたし、今もこれからもつくっていくのですね。

秘すれば・花。秘せざれば・花・なるべからず。

花が、桜がなぜ美しいか?みなさん、知っていますか?、、、それはですねぇ、それは散るからなんです。みなさんが今この場で咲き誇れるのも散っていったもの達がいるからです。みなさんはその散っていったもの達を胸に秘め、これから、今まで以上に、より一層の精進を続けていかねばなりません。みなさんは散っていったもの達のことについて言及する必要はありません。ただ胸に秘め、自分だけの自分にしかできない藝術を示せばいいんです。散って本望だったと、みなさんは彼らに引導を渡せばいいんです。
千利休はかつてこうい言いました。野に花のあるが如くに。
天に星、地に花、人に愛、と世界には美しい調和の形があります。みなさんにはこれから大きな使命があります。それは今、この生まれ変わろうとしている日本中のすべての人に想像力を駆使して“もののあるべきかたち”を示すことです。それは星を見せることです。ホタルを見せることです。人に愛を届けることです。藝術という素晴らしい花を使って、人々にこの世の美しさを、感動を伝え、みんなを幸せにしてあげてください。


美に近づくには自分自身を美しくしなければなりません。いつも心に花を咲かせ、そして君の、君たちの花を、少しでも多くの人の心の中に咲かせてあげてください。日本を背負って、これからの日本に、世界に、花を咲かせることこそが君たちの仕事です。
どうぞ、美しい花をこころに咲かせる、美しい藝大生になってください。

入学、おめでとう。