2011年2月24日木曜日

真理のベールに包まれて

 おっはー!といってももう12時回ったね。昨日はサロメ行ったり、旧交を温めたり、友人の作品の批評をしたりと濃い一日だったね。まじかよ!の連続だった。


たくさんあったが、うん、サロメにしよう。サロメに関して述べる。少しネタばれありである。

オスカーワイルドのサロメ、ヘロデ王のわがまま娘サロメが賢者ヨハネの生首に接吻する残酷だが美しいと感じざるを得ない物語。自分の意のままにならない不動の相手との絶望の果ての恋のお話、かわいさ余って憎さ100倍の愛憎悲喜こもごもの劇である。

その日、招待券をゲットしたレバノンのかわいいプリチーな女友達と目黒のタイポグラフィーの展覧会を見に東京庭園美術館に足を延ばすと、なんと閉館日で、まずは今日初めのまじかよ!

 急遽の予定変更で茂木さん絶賛のサロメを見に行くことに。

 東京文化会館について当日券を買おうとしたら、学生席は既に売り切れで、なんと8000円の席しかあいておらず、本日二度目のまじかよ!

 でもここまで来たし、こんな機会は滅多にないはず、私淑する茂木さんも絶対見に行け!っていうぐらいだからと、勇気を出して自分へ投資した。彼女も一緒に見てくれるらしい。彼女の分を少しでも出してあげたかったが、ちょうど8000円ジャストしか財布の中になく、払うことができなかった。かっこわる!俺!

 席に向かう途中で、彼女が言ったのはここの内装はひどい、と言っていたのが印象的だった。ただのえんじっぽい色、一色だけで塗り込められた壁紙に日本のだめさか感が漂っていて、しかも、ここいちおう日本の浅いかもしれないが伝統ある東京国立文化会館だろ!?と思って本日三度目のまじかよ!だった。

 席に着く。あたりが徐々に暗くなり、幕が開く、幕が開いた瞬間にハッとした。まじかよではない。ハッとしただけだ。ふつうのサロメじゃねぇ、なんか衣装がマトリックスになってるし。最近はやりの現代バージョンってやつかと思っていた矢先のことである。

 なんか舞台の端っこでフェラチオさせてねぇか?と思い、よく凝視した。え!っえっ!!な!まじかぁ!うっへぇ!気まずい、、、まじかよぉ!!!!これが本日4度目のまじかよであった。

 舞台は進む。各所ところどころで局地的に事件が起こる。見てる方はどこを見ていいのやら視点が定まらない。もんずほぐれつするシーンもある。オッパを揉んだりしている。集団で強姦するようなシーンもあった。そして本日一番のまじかがやってきたのである。死んだ男を男が後背位で強姦するというシーンがあった。10人ぐらいが密集しては手を大きく開き、リズムで挿入している当事者の快感を表わす身体パフォーマンスは圧巻だった。圧巻だったが今日はこのかわいい女の子との初デートである。はつでーとでこれかぁあぁぁあぁぁあぁぁぁぁぁぁぁ~~~~~ぁぁあ!!!!!まじかぁぁあぁぁぁぁあぁ~~~~~~~~ぁぁぁぁぁあああああぁあぁぁぁあああああぁぁぁぁあぁぁぁぁぁぁ!!!東京文化会館なだけに、三島と縁が深いのかぁあっぁああぁぁぁぁああぁぁぁあ!!!!それでも武士かぁぁぁぁあぁああああぁぁぁぁぁっぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっぁ~~~~~~~~~~~ぁぁぁぁ~~~ぁぁぁぁぁああああぁぁっぁぁぁぁぁあぁあ!!!!!!!!


 かくして傷心状態のまま、舞台は終わった。彼女の方を向くと、茫然と座っている。目の焦点があっていない。かける言葉が見つからない。彼女の眼の前で手を振ってみる。お~い、誰かいるか~い?彼女はにっこりとだがうすら笑いを浮かべてくれている。気を使ってくれているのかしらん。感想を聞くと、気持ち悪かった。という。けど、見れてよかったともいう。少し気持ちが悪いというので上野の公演を散歩した。お互いに何も言わず歩いている。気まずい雰囲気が永遠と流れる。不意に彼女の方をみると、彼女は泣いていた。ぼくは意味がわからなかった。気持ち悪いと涙との相関関係があまりにもかけ離れていたからかもしれない。ぼくはただ茫然と立ち尽すことしかできなかった。どうしたの?という野暮なことしか言えなかった。理由はわからないという。ただ、だが僕は彼女が羨ましかった。実に心から。やられたっ!!!と思った。彼女の感受性を欲した。素晴らしい藝術作品は見た瞬間、ただぼーっとさせる。見た本人はそのインパクトを処理できないから、ただただ沈黙してぼーっとせざるしかできないのである。ぼーっとの中に真理がある。ぼくはただ、彼女とのデートのことを考え、まじかぁ!まじかぁ!まじかぁ!しか劇中も考えていなかったのかもしれない。けれども言葉もあまり分からない彼女の中にはぼくとは違う何かを感じていたんだろうなと思った。そしてそれが今、時間差を伴って噴出したのだ。意味もなく、理由もなく、真理のベールに包まれて。ここに本日一番のまじかぁ!!!があった。人生のまじかぁ!!!は常に日常に溢れている。そしてそれが予期せぬところからグサッと刺されたときに、刺されてから気付くものなのかもしらん。素晴らしい藝術作品はそれを体験した本人の中で、本人とともに成長するものである。ぼくの中でもその作品が成長して、いずれえもわからぬ涙の形をとって噴出するかもしれないし、そうなることを期待したい。たとえ、自分が気づかなくとも違った形で噴出するのかもしれない。藝術は奥が広く、深い。そして訳もわからないのに、ただただ、ぼくは彼女の流した涙の為に一生涯を捧げようと本気で思った。そこに意味も理由もなんの脈絡もない、それなのにそんなことを自分に誓った。そんな自分もまた真理のベールに包まれていることを知った。

 その後は旧交を温める飲み会に出席し、誰誰が結婚したとかの、現状報告的な、小(みに)まじかぁ!が3,4個あった。


 ますます藝術とは何かを考えさせられる1日だった。すべての物事に意味があり、アクシデントすらも何らかの意味があるんじゃないか。とそう思える1日だった。


 真理のベールの中にあるもの、それを一生涯の仕事としたい。


 本日の歳費;飲み代1000、するめ105 計1105円 也

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